• 千葉県八街市にある家族的な教会です

2026年5月24日主日礼拝説教要旨 伏見敏師

説教題:聖霊がつくる教会
聖書箇所:使徒言行録 4章32-35節(新共同訳新約220-221頁)

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中心成句:「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。」(4章32節)

今日はペンテコステ、聖霊降臨日です。初代教会は最初に三千人が加わり、その後も男性だけで五千人になりました。エルサレムから始まった福音は、地の果てのような日本にまで届きました。なぜ初代教会はこれほど急速に成長したのでしょうか。使徒言行録4章32-35節から、「聖霊がつくる教会」の三つの特徴を学びます。

①心を一つにする(32節)

「群れ」という言葉は、ただの集まりではなく、組織としてまとまった共同体を指します。「心も思いも一つにし」とある「心」は意志、「思い」は魂のこと。人の全体が一つになっているということです。これは申命記6章5節の「心を尽くし、魂を尽くして神を愛せよ」を思わせます。この一致は、ただ仲が良いということではなく、信仰と目的が深く一つになっていることです。一致の鍵はフィリピ2章にあります。キリストは神の身分でありながら自分を無にして僕となられた。その謙遜の心を持つ時、教会の一致は保たれます。「持ち物を自分のものだと言う者はなく」とあるのも、法律上の権利を捨てたのではなく、独り占めしようとする考え方が変わったのです。すべては神から預かっているもの、だから分かち合うという信仰です。教会の力は人数や経済力ではなく、一致によって決まります。

②力強く証をする(33節)

「大いなる力をもって」の「力」はギリシャ語で「デュナミス」、英語の「ダイナマイト」の語源です。これは話の巧みさではなく、聖霊の力です。使徒たちが証できたのは、復活したイエスを実際に目撃した人たちだったからです。「証しし」という言葉は「殉教」と同じ語源で、命がけの証言を意味します。阿蘇にいたとき、数えきれない人々を信仰に導いた伝道者の下田晴美さんに秘訣を聞いたことがあります。「神様とイエス様がどれほど素晴らしいか、この教会がどれほど温かいかを、嬉しそうに話しているだけです」と。聖霊に満たされた人の、内側から溢れ出る喜びそのものでした。証は難しくありません。神が自分にしてくださったことを、自分の言葉で語ればよいのです。

③神に献げる心を持つ(34-35節)

「信者の中には、一人も貧しい人がいなかった」。これは申命記15章4節の「あなたのうちには貧しい者がいなくなる」という旧約の約束が、メシアの共同体で実現した姿です。当時、クリスチャンになることはユダヤの会堂から追い出されることを意味し、社会的・経済的に困窮することでした。だからこそ、資産を持つ人々が自分から売って差し出したのです。「売っては」というギリシャ語の文法は繰り返しの行為を示しています。一度きりではなく、必要が生じるたびに続けられたのです。これは共産主義ではありません。使徒5章でペトロが「それはもともとあなたのものだった」と言うように、誰も強制されていません。愛のゆえに、自ら進んで献げたのです。

今日、三つのことを学びました。キリストの謙遜の心で教会の一致を保つこと、聖霊の力によって自分の言葉でキリストを証すること、そして時間・才能・財をすべて神から預かったものとして差し出す心を持つこと。この三つは深く結びついています。一致があるから証ができ、証があるから献身が生まれ、献身があるから一致が深まるのです。ペンテコステのこの日、同じ聖霊が今も私たちと共におられます。この聖霊の力によって、初代教会のような教会を、ここ八街の地に建て上げてまいりましょう。