説教題:心を騒がせるな 聖書箇所:ヨハネによる福音書14章1-6節(新共同訳 新約188頁)
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中心成句:「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(14章6節)
心が騒ぐとき、私たちはつい情報や知識で何とかしようとします。しかし、どれだけ検索しても、心の騒ぎは静まりません。今日の箇所は、十字架の前夜、弟子たちが恐れと混乱の中にいた場面です。その弟子たちに向かって、イエスは語られました。「心を騒がせるな」と。14章1-6節から三つのことを学びます。
①イエスに信頼を置く(1節)
イエスは「心を騒がせるな」と言ったあと、「自分でなんとかしろ」とも「状況が変わるから大丈夫」とも言いません。「神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と言われます。不安になると、私たちはお金、評価、健康、肩書にしがみつきます。しかし、それらはすべて変わり、失われます。揺れるものを頼りにしていると、心も一緒に揺れます。問題は不安そのものではなく、不安の中で揺れるものを神にしてしまうことです。イエスは、揺れない方として、信頼の中心に来てくださいと言われます。「主よ、この不安をあなたに委ねます」と祈ることが、その第一歩です。
②今も、これからも居場所がある(2-3節)
「わたしの父の家には住む所がたくさんある」とイエスは言われます。天国は優秀な人が合格する場所ではなく、神が子どもを迎える家として語られています。定員はなく、一人ひとりのために用意された場所があります。そして3節でイエスは「戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」と約束されます。私たちが神のところへ必死に登っていく話ではなく、イエスが降りてきて迎えてくださる話です。「行く」とはまず十字架へ行くことであり、私たちの罪の問題を解決するためです。居場所がないと感じているなら、神のもとに帰る場所があることを覚えてください。
③イエスは道・真理・命(4-6節)
「分かりません」と正直に言ったトマスに、イエスははっきりと答えられます。「わたしは道であり、真理であり、命である」と。道とは、神への方法やコツではなく、イエスご自身です。谷を渡るために必要なのは跳び方のコツではなく、橋そのものです。イエスが橋になってくださいます。真理とは、罪を裁いて終わりにするためではなく、赦しへ導く光として示されます。そして命とは、生物学的な延命ではなく、神とつながり、死をも越えた永遠の命です。「唯一の道」という言葉は人を締め出すためではなく、遭難した人に「このロープをつかめ」と示す、確かな救いの言葉です。
今日、三つのことを学びました。揺れるものではなくイエスに信頼を置くこと、神のもとにあなたの居場所があること、そして道・真理・命であるイエスのもとに来ることです。救いに必要なのは難しい修行でも完璧な人格でもありません。ただイエスを信じ、迎えてくださる方のもとへ来ることです。今週も、道である方に信頼して歩んでまいりましょう。