説教題:真実な創造主に魂を預ける
聖書箇所:ペトロの手紙一 4章12-19節(新共同訳新約433-434頁)
Youtubeはこちらから
中心成句:「だから、神の御心によって苦しみを受ける人は、善い行いをし続けて、真実であられる創造主に自分の魂をゆだねなさい。」(4章19節)
苦しみが来ると、私たちはつい「なぜ自分が」と問います。しかし今日の箇所で、ペトロは苦しみを前にして別の問いを立てます。「この試練の中で、神は何をしようとしているのか」と。十字架を前にしたイエスの弟子たちではなく、すでに迫害の中にいる初代教会の人々へ向けた言葉です。4章12-19節から三つのことを学びます。
①苦しみを成長の機会として受け止める(12-14節)
ペトロは「驚き怪しんではなりません」と語ります。信仰があれば苦しまなくていい、ではなく、苦しみはキリストに従う者に当然のことだと言うのです。「火のような試練」とは、金細工職人が金を高温で熱して不純物を取り除く、あの火のことです。火が強いほど純度は上がります。神は私たちを傷つけるためではなく、清めるために試練をお許しになります。だから「なぜ私だけが」と問うのではなく、「この中で神は何を教えようとしているのか」と問い直すことが大切です。同じ出来事でも、受け止め方が変わると、その後の歩みは全く変わります。14節には、苦難の中でこそ「神の霊がとどまる」とあります。苦難は神が遠のく時ではなく、神の支えが強くなる時です。
②苦しみの原因を見分ける(15-16節)
ペトロはここで重要な警告を出します。「すべての苦しみが信仰ゆえではない」と。15節に挙げられる「人殺し、泥棒、悪者、他人に干渉する者」の共通点は自己中心性です。特に「他人に干渉する者」は、頼まれてもいないのに人の領域に入り込み、裁き、支配しようとする者のことです。愛という名のもとに、言葉が剣になり、関係を壊してしまうことが教会でも家庭でも起きます。そして距離を置かれると「信仰のゆえに迫害された」と思い込む。しかしそれは違います。だからペトロは自己吟味を促します。「この困難は、本当に信仰ゆえなのか。それとも私自身の未熟さや高慢さが原因なのか」と。悔い改めるべき時は悔い改め、耐えるべき時は恥じずに耐える。この区別ができる人は強いのです。
③善い行いを続け、神にゆだねる(17-19節)
19節には二つの命令があります。「善い行いをし続けよ」と「魂をゆだねよ」です。ゆだねるとは、何もしないで耐えることではありません。祈りをやめない、正直さをやめない、赦しをやめない、小さな奉仕をやめない。神への信頼は行動として表れます。「ゆだねる」という言葉は、信頼できる銀行に大切なものを預けるような行いです。そしてペトロが「創造主」と呼ぶのには意味があります。私たちを造られた方は、私たちを支え守る力も持っておられます。状況がどれほど厳しくても、魂を守ってくださる方は変わりません。
今日、三つのことを学びました。苦しみを「なぜ私が」ではなく成長の機会として受け止めること、苦しみの原因を正直に見分けること、そして善い行いをやめず、真実な創造主に魂をゆだねることです。今週も、信仰をもって歩んでまいりましょう。