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2026年4月5日主日礼拝 説教要旨 伏見敏師

説教題:復活の力に生きる 聖書箇所:コロサイの信徒への手紙 2章11-15節(新共同訳 新約364頁)

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中心成句:「洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。」(2章12節)

二千年前の朝、墓は空でした。「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」(ルカ24:6)。この出来事がキリスト教信仰の中心です。今日はコロサイ書2章から、復活の力をどう生きるかについて三つのことを学びます。

①永遠の視点で生きる(11-13節)

パウロは「あなたはいつか復活するだろう」とは言いません。「あなたはすでに復活させられた」と過去形で語ります。洗礼を受けた者の住所は、すでに永遠の命の側に移されている。神がそうしてくださったのです。住所が変わると、窓から見える景色が変わります。以前の住所から見える景色は、病気への恐怖、老いへの不安、失敗したら終わりという絶望でした。しかし今、窓を開ければ復活の主の光が差し込んでいます。現実には病気もすれば失敗もします。しかし死の向こう側から、こちら側の問題を見ているので、「この苦しみは一時的なものだ」という確信が持てるのです。

②赦す者として生きる(13-14節)

真珠湾攻撃で「トラ・トラ・トラ」の暗号を打電した淵田美津雄中佐は、戦後、日本軍の捕虜として苛酷な扱いを受けたアメリカ人宣教師デシェーザーの小冊子と出会います。「父よ、彼らをお赦しください」という十字架のイエスの祈りが、かつての敵を宣教師へと変えた。その証しが淵田の心を動かし、1950年に彼はキリストを受け入れ、自身も宣教師となりました。「わたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました」(14節)。私たちの罪の借金は、イエスの血によって完済されています。赦された者は赦す力を受けます。あなたをまだ赦せない人がいるなら、「主よ、私はあの人を赦します。あなたが私を赦してくださったように」と祈るところから始めましょう。

③復活の力を求めて祈る(15節)

ある牧師は長年、怒りの感情に支配されていました。何度も決心しましたが変われませんでした。ある日、彼は祈りました。「主よ、私には自分を変える力がありません。復活の力を私に与えてください」。すぐには変わりませんでしたが、少しずつ確実に変わっていきました。「復活の力は一瞬で私を完璧にはしませんでした。しかし毎日少しずつ、確実に変えてくださいました」。イエスは復活によって、目に見えない支配や権威にも勝利し、私たちをその力から自由にしてくださいました。やめたいのにやめられない習慣、怒り、妬み、不平不満。誘惑に直面するたびに、「主よ、助けてください。復活の力を私に与えてください」と祈りましょう。

今日、三つのことを学びました。洗礼を受けた者の住所はすでに永遠の命の側に移されていること、赦された者として他者を赦す力が与えられること、そして古い自分に対する勝利は自分の力ではなく復活の主の力によることです。クリスチャンにとって、イースターは年に一度の行事ではありません。毎日がイースターです。み言葉と復活の主に支えられながら、今週も一歩ずつ歩んでいきましょう。