• 千葉県八街市にある家族的な教会です

2021年10月24日主日礼拝 

説教題:神の願い~放蕩息子の兄~ 聖書箇所:ルカによる福音書15章25-32節

15:25 ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。15:26 そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。15:27 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』15:28 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。15:29 しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。15:30 ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』15:31 すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。15:32 だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

ハレルヤ!10月の第四主日を迎えています。私たちの教会では福音書の記されている主イエスが語られた「たとえ話」を学んでいて、今日はその三回目です。先週はルカによる福音書14章15-24節(大宴会のたとえ)から「天国で食事をしよう!~無理がなされた~」と題し三つのことを中心にお話をしました。①食事は伝道の良き場、②天国の素晴らしさを伝える、③神は全員が天国に来ることを望んでいるでした。今日はルカによる福音書15章25-32節から「神の願い~放蕩息子の兄~」と題しお話をします。ご一緒に学んで参りましょう。

①15章のたとえ話は4部作

主イエスのたとえ話はマタイ、マルコ、ルカの福音書に記されていて平行個所もあるたとえ話もありますが、ルカには固有のたとえ話が多く記されています。イエスのたとえ話で一番有名な話は放蕩息子のたとえ話ではないでしょうか。少し意外なように思うかもしれませんが、このたとえ話もルカによる福音書だけに記されています。ルカによる福音書の15章には「放蕩息子のたとえ」を含め三つの話が記されています。新共同訳聖書の小見出しで言うと「見失った羊のたとえ」と「無くした銀貨のたとえ」です。先ず、たとえ話は誰に語られたのかを確認をしてみましょう。ルカによる福音書15:1-3に記されています。15:1 徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。 15:2 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。 15:3 そこで、イエスは次のたとえを話された。ファリサイ派(別の聖書ではパリサイ派とも言う)の人たちや律法学者に語られたものです。ファリサイ派とはユダヤ教徒の中で正統派に属し、律法学者は全員がファリサイ派に属していました。従って、ファリサイ派の人たちは律法学者から指導を受けて厳格にユダヤ教の規定を厳守していたのです。律法を厳守していれば聖くなる、永遠の命が与えられると考えていたのです。今日の聖書箇所は15章25-32節で「放蕩息子の兄」と題しお話をしますが、この三つのたとえはワンセットになっていますので、15章を全部を読んで解釈、理解をすべきたとえ話なのです。「見失った羊のたとえ」と「無くした銀貨のたとえ」の要約をしますと、「見失った羊のたとえ」は100匹の羊から迷い出た一匹の羊を懸命に探し見つかり喜ぶというたとえ話ですが、迷い出た一匹の羊とは徴税人や罪びとのことです。当時、徴税人や罪びとは虫けらのように嫌われていました。当時、ユダヤはローマの支配下に置かれていましたので、ローマに税金を納めなければなりませんでした。その税を集める徴税人たちは、ユダヤ人でありながらローマのために働く裏切り者のように思われていました。また、立場を利用して余分に税金を徴収し着服するという不正も横行していたため、罪びとと同様にユダヤの中で非常に嫌われていました。しかし、主イエスはファリサイ派、律法学者に彼らを差別するなと語るのです。なぜなら、徴税人や罪びとでも悔い改めれば御国にいけるからです。このたとえ話は取税人や罪びとを差別しているファリサイ派、律法学者に語られたものなのです。から、彼らが悔い改めることの必要性を主イエスは説いているのです。「無くした銀貨のたとえ」もほぼ同じ内容です。銀貨10枚のうちから一枚がなくなり、徹底的に探す。そしてその1枚の銀貨が見付かったら大きな喜びがある。罪びとが一人でも回心したら大きな喜びがあるのです。主イエスは、この二つのたとえ話を通して、天の父なる神は、道から迷い出たものや道を失っていたものが戻ってきたらどんなにお喜びになるかということを伝えているのです。悔い改めた者への喜びです。そして、次のたとえ話が放蕩息子です。放蕩息子のたとえは、前の二つのたとえを展開したもので、前半の放蕩息子と後半のその兄に二分できますので、15章に記されているたとえ話は4部作とも言えます。今日、先ず覚えて頂きたいことは15章のたとえ話は4部作ということです。4部作ですので、全体を通して理解すべきものなのです。放蕩息子前半(弟の部分)を簡単に要約します。ある人に二人の息子がいましたが、弟は親が健在なうちに財産の分け前を請求しました。生前分与を受けた息子は遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りをつくして財産を使い果したのです。やがて、大飢饉が起きて、その放蕩息子はユダヤ人が汚れたものとして忌み嫌っている豚の世話の仕事をしつつ、豚の餌さえも食べたいと思うくらいに飢えに苦しんでいました。そこで、我に帰り、帰るべきところは父のところだと思い立ち帰途に着く。彼は父に向かって言おうと心に決めていた。15章の18,19節です。15:18「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。 15:19 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。ところが、父親は帰ってきた息子を見ると、走りよってだきよせる。父親は、帰ってきた息子に一番良い服を着せ、足に履物を履かせ、盛大な祝宴を開いた。この箇所のポイントは二つです。先ず、父から離れた放蕩息子(罪びと)の悔い改めです。そして、父親、つまり父なる神の愛です。聖書学者のウイリアム・バークレーはこのたとえをこれは「放蕩息子のたとえ」ではなく「慈愛深い父の話」と呼ぶべきだと言います。その理由は、息子の罪よりも、父の愛のほうが中心として記されているからです。父親は一日千秋の思いで息子が戻るのを待ち続けていたのです。ですから、まだ、遠くにいた人がすぐに自分の息子とわかったのです。アメリカ合衆国の第16代大統領であり、奴隷解放宣言をしたエイブラハム・リンカーンは敬虔なクリスチャンで「私は聖書を、神が人間に下さった最高の贈り物と信じている」と語ったことでも有名ですが、そのリンカーンは、南北戦争が終わり、南部の反乱軍に対して厳しい報復を求める声が軍部からあった時、「私は彼らを私のもとを去らなかった者として扱う」と公言したのです。神が私たちをそのように扱うからです。

②兄弟とも失われていた

たとえ話は後半に入るのですが、何故、このたとえ話に後半が必要なのでしょうか。いなくなっていた息子が帰ってきて、父から再び息子として認められるようになった。喜びの宴席が開かれた。もうそれだけで神の愛、福音のメッセージは十分ではないかと思うかもしれません。しかし、主イエスはこのたとえ話を二人の息子、兄弟のたとえとして語っているのです。このことはキリスト者にとって根源的なことを意味します。キリスト者は父なる神の子どもです。第一義的にはそうですが、主イエスを長子とする兄弟姉妹の関係なのです。ですから、父のもとに帰るということは、同時に兄弟姉妹の生活の領域に戻るということなのです。このことを覚えつつ25,26節を見てみましょう。15:25 ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。15:26 そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。「兄の方は畑にいた」とあります。いつものように畑仕事に精を出していたのでしょう。する音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。」のです。この「音楽」と訳されている言葉の原語はσυμφωνίας (symphōnias)で英語のsymphony(交響曲)の元となった言葉です。美しい交響曲に合わせてダンスをしている音が聞こえたのです。交響曲奏楽者がバラバラでは成り立ちません。一致して初めて美しい音楽となります。この息子が戻ってきた宴は天国の風景を奏でているとも思えます。この美しい交響曲を聞いた兄は僕に「これはいったい何事かと尋ねた。」のです。すると僕は答えます27,28節を見てみましょう。15:27 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』15:28 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。兄は、交響曲のような美しい曲が奏でられながら弟のための宴の最中であることを知るのと弟の帰宅を喜ぶどころか、「怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。」のです。その怒った理由が29節です。15:29 しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。兄は弟が父に背き、家を出てしまい父を悲しませていたことを怒っているのではありません。父親に対して怒っているのです。「何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。」とあります。この「仕えています」と訳された言葉は原語では「奴隷として仕える」という意味です。英語ではserve(召し使いをする)です。息子であっても、自分は好き勝手をした弟とはことなり、何年も父に忠実に奴隷のごとく仕え続けている。働き続けていたのです。ですから、父親に「友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかった」とクレームを付けたのです。父親に対する不平不満は続きます。30節です。15:30 ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』自分には「子山羊一匹すらくれなかった」のに、弟には「肥えた子牛」が与えられたと文句を言います。また、「あなたのあの息子」とあります。自分の実の弟のことを弟と呼んでいません。父親に対しての侮蔑的な表現です。昔から弟のことをよく思っていなかったかもしれませんが、ここには父親にたいしても弟にたいしても愛を全く感じることができません。先程、この「仕えています」と訳された言葉は原語では奴隷として仕えるの意味と申しましたが、この兄息子も奴隷だったのです。父と一緒に仕事をするのが愛からくる喜びではなく、いずれは自分のものとなるという自己中心的な思いを隠しての働きです。あるいは律法的にしかたなく仕事をこなしていたのかもしれませんが、いずれにせよ罪に支配された罪の奴隷だったのです。弟は欲望という罪の奴隷でしたので、兄弟そろって罪の奴隷で、兄弟とも失われていた息子なのです。今日、二番目に覚えて頂きたいことは兄弟とも失われていたということです。そんな兄である息子の不平不満に対して父親はこう語ります。31,32節です。15:31 すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。15:32 だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」「お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。」とあります。父親の言葉は愛情がこもったものです。「お前のあの弟」とあります。お前が嫌いでもお前の弟なのだよ。そのお前のあの弟が「死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」とあります。父親にとって帰ってきた弟息子に祝宴を開くことは当然、すべきことであり、兄息子にその理解を求めたのです。たとえ話はここで終わりますので、これを聞いた兄息子がどのように行動をしたかはわかりませんが、31,32節は天の父なる神の御心なのです。

③兄弟として手を差し伸べる

冒頭に申し上げましたが、この15章に記されたたとえ話はファリサイ派の人たちや律法学者に語られたもので、放蕩息子の兄とは彼らのことです。自分は厳格に律法を守っている、まして放蕩などはしていないと考える人です。そんな彼らは放蕩の弟を受け入れるでしょうか。この4部作のたとえ話の最後で主は兄弟の交わりの問題を取りあげられたのです。ファリサイ派の人たちや律法学者の悔い改めを期待してのことです。このたとえが話されたときに、この兄弟の交わりの問題が既に存在していたのです。ユダヤ教徒でキリスト者に改宗をした人もいましたし、異邦人でキリスト教徒になった人もいました。全く違った価値観や生活様式をもっていましたが、主イエスにある兄弟姉妹なのです。ですから、互いに受け入れ合い、理解し合い、兄弟として手を差し伸べることを主は望まれているのです。今日、最後に覚えて頂きたいことは兄弟として手を差し伸べるということです。このたとえ話を聞いて悔い改めたファリサイ派の人たちや律法学者もいたとは思いますが、多くの人々はそうではなく主イエスを十字架に付けてしまったのです。神はそれをよしとされ、神は御子の十字架によって無条件の愛をお示しになりました。神は弟息子のように放蕩三昧で身を持ち崩した人も、兄息子のように律法主義的に生きてきた人でも愛してくださっています。悔い改めて天の父なる神へ立ち戻ろうではありませんか。主は今、この礼拝に出席されている一人一人に呼び掛けているのです。

Today’s Point①15章のたとえ話は4部作、②兄弟とも失われていた、③兄弟として手を差し伸べる

Thinking Time父なる神はどんなときにでも共にいてくださいます。その確信はありますか